
浪人で受けた大学受験全てが不合格。
生きる自信を失くした私を変えた奇跡の音楽
著者:片瀬涼(男性・30代後半、仮名)
明確な目的もなく、ただ漠然とした理由だけで、大学を受験し、落ちて全ての自信ややる気を失くした。
人生のどん底に陥り、引きこもりだった自分を立ち直らせてくれたあるアーティスト様の歌に励まされ、自分の背中を後押ししてくれた曲。
そのアーティストのおかげで今の自分がある。
そのアーティストには頭が上がらない私にとっての神様的存在。
音楽には人の心を癒す魔法の力がある。
音楽には自分の人生され変えてくれる奇跡の1曲がある。
音楽のない人生はつまらない。
動機が不純
高校卒業後、進路に迷っていた自分はとりあえずという気持ちで大学受験し、見事に落ちた。
当然下調べもせず、よくわからない参考書で勉強していたので当然と言えば当然である。
高校卒業後、親が一浪まで認めてくれたので、それに甘えて、軽い気持ちで通学に便利な埼玉県の主要都市の予備校に通っていた。
この年は大学受験が終るまで約1年間、勉強だけの日々が始まるのだ。
もうこの時は、勉強以外の事はやらなくても済む、というある意味楽な気持ちで勉学に挑んでいた。
予備校生活は学生でもない、社会人でもない、世間一般的にはどこにも属していない自由な身である。
1年間の浪人生活
高校卒業してから1か月後の4月についに浪人生としての人生が始まった。
授業は、平日と土曜日と週6日あるが、一コマが90分で私立大学を目指しいた私は3教科しか受験しないでので、国立志望の受験生よりは受ける授業数は少ない。
英語、国語(現代文・古文)、歴史(日本史・世界史)の文系だから、理系は苦手だけど、この3科目なら1年間勉強すれば、絶対に合格する、という自負があった。
曜日によっては授業が1コマしかない日もあるので、その時は自習室が開放されているので、その時間は自由に使う事が出来る。
家で勉強すると、テレビの誘惑に負けてしまうと自覚している私は授業以外の時間は自習室で過ごしていた。
みんな、黙々と勉強しているので集中する事も出来る。
最初の3カ月くらいは順調に勉強時間を設ける事が出來た。
ただ、夏になると最初の壁にぶつかるのだ。
最初の模擬試験を受けた結果は想像より遥かに点数が低く、判定はEだった。
合格圏内は最低でもC以上が必要だからその時は少し落ち込んだ。
でも、まだ夏だから、あと半年で一気に上がると信じていた。
そして、通常の学校と違う通学制度である為、1学期が7月上旬で終わり、その後は夏期講習の授業があるんですが、その時期は夏休みと被る為、現役の高校生と同じ教室で同じ授業を受けなければならないのが苦痛だった。
8月はほとんど夏期講習がなく、2学期が9月中旬で始まるので、ここで時間の使い方を大きく間違えてしまった。
秋頃柄生活態度が乱れて取り返しのつかない事になってしまったのだ。
この時期には、普段は朝7時くらいに起きていたのが、全く起きる事が出来ず、午後の授業の時は時間ギリギリまで寝ていたのだから時間のロスにつながる。
そして、年が明けて受験まであと1カ月という大事な時期に私はほとんど勉強しなかった。
模試の結果も思うように伸びず、さすがに受験間近の時期は極度のプレッシャーからイライラする日々が続き、夜全く眠れず、当然朝は起きれず、この時期は授業が全くなかった為、ほぼ毎日お昼過ぎまで寝ていたのでだ。
これを読んでいる人は2か月後どうなるかはわかる人も多いと思うのが、この時期は受験生としてはあるまじき行為を行っていた。
この時期の1日の平均勉強時間はたったの2時間だ。
観たいテレビは今まで我慢していたが、観たい番組はリアルタイムで観ていた。
埼玉県の田舎が自宅であったが、都内までしょっちゅう出かけていたのだ。
一応、受験生で未成年であるので、何か悪い事をした訳ではないが、この時期に勉強をせず、息抜きの為に電車で2時間近くかけて東京まで出かけ、東京を満喫していたのでだ。
そして、この時期ラジオにはまる。
ラジオのパーソナリティの軽快なトークに魅了され、そしてこの時期に流行っていたヒット曲が大量にお流れており、その歌に少し癒されていた自分がいた。
大事な時期に受験生としてのスイッチが切れてしまった残念な硝子の少年としか言いようがない。
2月5日頃から2月20日くらいまで受験本番があるのだが、この期間は異常に長く感じた。
案の定、受けた大学全て落ちた。
受験を終えた安堵感とその後の失望感
1年間の長い受験生活を終えた安堵感と全部の大学に落ちた絶望感でまさに力が抜けて状態になった。
その予備校はそこそこ規模が大きい予備校なので、現役での大学率は50%くらいだが、浪人生の合格率はだいたい90〜95%なので、私はこの残りの和少ない割合に該当してしまったのだ。
これは中々少ない珍しいケースである。
この時期は自暴自棄になって、家族とも一切口を聞かず、夕食の時も会話は一切せず、食事が終わると自分の部屋に閉じこもり、ラジオを聴く生活が数カ月続くことになる。
受験生時代にラジオに嵌った私は、朝から晩までラジオつけの日々が続いたのだ。
ラジオを聴いている時間は楽しかったので、唯一心が癒された時間であるが、もう受験生でないので、完全に引きこもり生活の人間である。
薄々、感じていたのだが、初夏になった頃、父親に呼び出された。
もうそろそろ働いてほしい、と当たり前ですが、淡々と言われたのだ。
その時、当時の私は受験に失敗して自暴自棄になっていたので働いて社会に出るくらいなら、死んだほうがましだと思っていた。
一応、働く意思は伝え、母親から求人雑誌を買ってくるように頼み、探すふりだけしていた。
当然働く気なんて全くある訳がない。
人生の岐路に佇んでいた当時の自分を再起させた出来事
しかし、突然、よし働こう、という意思が突然芽生えてくる。
しかも意外と早い受験が終ってからわずか4カ月後の7月29日である。
日付まで覚えているのにはちゃんと理由があって、ラジオ大好き人間であった事が結果的には後押ししてくれた。
当時、一世を風靡していたバンドのGLAYがニューアルバムをリリースする事になったのだ。
その発売日が7月29日でその日に、アルバルのタイトルにもなっている表題曲を大量にながしていた。
歌本という人気歌手のヒット曲やアルバムの全曲の歌詞を載せてある本を持っていた私は、その歌本の歌詞を見ながらラジオから流れてくるその曲を聴き、思わず涙を流した。
まさに当時の私の心境を歌っていた曲である。
受験に失敗したくらいで落ち込むなよ、夢が大事とは限らないんだよ、生き方がわからなくて迷っている人はお前だけじゃないんだよ、と言われてるような気がしてこれまで塞ぎ込んでいた自分が愚かに思えるくらい勇気が出てきた。
いいタイミングで発表されたこの曲に感謝している。
素晴らしい音楽に出会えた後の逆転劇を起こした人生
直ぐに仕事探しを再開し、アルバイトとして働き始め、数年後には大手企業の派遣社員ではあるが、両親にお年玉をあげるくらいの収入は得る事が出來た。
そして、正社員として働き、管理職まで上り詰め、部下を指導する事が出きるようになる。
その途中に一人暮らしも始めて自立する事に成功したのだ。
受験に失敗して落ち込んでいたあの頃は想像もつかない未来である。
これもすべてはGLAYのおかげである。
今でもGLAYは好きなアーティストで新作も聴いているし、ライブにも行った事もあるのだ。
私の人生を変えたのは紛れもなくGLAYである。
まとめ=受験失敗・自信喪失を克服して学んだ事
浪人して、大学受験に失敗する人はかなりの確率で少なく、私以外の人間で同じ境遇の人に会った事はない。
だからこそ、その数少ない人間の人達は本当に自信を失くして、その後の人生が狂う事も予想出来る。
だからと言って、受験に落ちたからと言って、人生終わる訳ではないし、この就職難の時代に大学に行ったからと言って将来が保証される訳ではないのも事実である。
大事なのは結果が悪くても、自暴自棄にならず、それが自分の実力なんだと認め、他の人生を見つけるのが重要である。
人生には色んな選択肢があり、色んな可能性やチャンスがある。
そのチャンスを見逃さなければ素敵な未来が待っているのも事実である。
失敗から学ぶ大事な事にきづく事もある。