アキノさん(女性・20代後半)
アキノさんは小学5年生~中学3年にわたる長いあいだ、いじめに苦しんできました。
『緊張のあまり同級生を無視してしまった』
アキノさんは小学5年生の冬、家庭の都合で転校することになりました。
みんなと一緒に卒業したいと望んでいた彼女にとって、とても辛い選択でした。
おとなしい性格だったので転校先に馴染むことも出来ませんでした。
せっかく話しかけてもらっても、なんと応えればいいのかわからず俯いてばかり。
それが、まわりの怒りを買いました。
「アキノが無視をした!」
そんなレッテルを貼られてしまい、いじめられるようになってしまったのです。
本人も「無視なんかしていない。ただ、転校したばかりで緊張していただけ」と反論すれば良かったのですが、そんな事を言う度胸もありませんでした。
最初は無視から始まりました。
挨拶をしても返事をしてもらえない。
近づくとクスクス笑いながら逃げられる。
ヒソヒソと陰口を言われる。
当時のアキノさんは自分がなぜいじめられているのか理解できませんでした。
いきなりいじめが始まったからです。
「なにか怒らせるような事をしたのかな」
そう思うだけで精一杯でした。
せめて、相手も理由を話してくれたのなら、もっと早く解決したのでしょう。
いじめている本人は何も理由を話さない。
アキノさんも理由を聞こうとしない。
これでは、いつまで経っても解決できません。
相手からすれば「せっかく話しかけてあげたのに無視しやがって」と、不愉快な気持ちになるでしょう。
ですが、アキノさんも「転校したばっかりで気持ちの整理がついていない。そっとしておいて」と、悩み苦しんでいたのです。
それを伝えれば良かったのですよね。
『心がおかしくなっていく』
だんだん教室にいるのが辛くなってきます。
席に座ると吐き気がするようになりました。
アキノさんは保健室に通うようになりました。
保健室の先生は何も詮索せず、ただ彼女の側に居てくれました。
それが何より嬉しかったのです。
なかなか「いじめられている」と言えませんでした。
報復が怖かったわけではありません。
もし先生に報告したら、相手は叱られる。
親からも、ひどく怒られるハメになる。
あまりに可哀想だと思ったからです。
ですが中学生になってもいじめが続き、アキノさんの心は限界を迎えてしまいました。
泣きながら母親に告白します。
母親から担任へ連絡があり、ようやくいじめられていることが認知されました。
相手は謝ってくれました。
その時だけは。
しばらくして、またいじめが始まったのです。
今度は相手が増えていました。
アキノさんがいじめられていると公表されたことで「アキノはいじめてもいいんだ」と、全校生徒から認識されるハメになったのです。
まだクラスメイトからのいじめは我慢できました。
ですが、よく知らない相手からいじめられるのは納得できませんでした。
休み時間になると、アキノさんをいじめるためだけに、わざわざ遠くの教室から来る子もいました。
まるで見世物です。
とうとう学校に通うのが嫌になりました。
遅刻と早退の繰り返し。
登校中、ふと車の前に飛び出した事もあります。
昼は無気力でボンヤリと過ごし、夜になると涙があふれて止まらなくなる。
そんな日々を過ごしていました。
『ブログによって広がる絆』
中学校を卒業してから、アキノさんはケータイを買ってもらいました。
まだスマホは無く、ガラケーの時代です。
彼女はブログを始めることにしました。
自分の意見を伝えたかったのです。
世の中には引っ込み思案で、なかなか思ったことを口に出せない人が沢山います。
アキノさんも、その一人でした。
「わたしが発言すれば、ほかの悩んでいる人達の勇気にかなるかも知れない」
自分がいじめられ、今でも苦しんでいることを、ブログに書きました。
すると、共感の声が集まったのです。
同じようにいじめられている人と出会えた。
それだけで心が救われた気分でした。
ずっと自分だけがいじめられていると、孤独を抱えて生きてきましたから。
悲しいことに、ネットの世界でもいじめはあります。
アキノさんは自分より10歳も年上の人に絡まれて、難癖をつけられるようになりました。
ですが、助けてくれる人もいました。
アキノさんが困っていると、代わりに怒ってくれる人達が大勢いたのです。
なぐさめてくれる人もいました。
いじめている相手を注意してくれる人もいました。
「こんなに沢山の人が守ってくれている」
そう考えると怖くありませんでした。
むしろ「わたしみたいな気の弱い人をいじめて喜ぶぐらいだから、すごく弱い人なんだろうな」と考えると、おかしくなってきたのです。
アキノさんにとって、ブログは自分を発信するための大切なものになっていました。
『笑顔を取り戻していった』
アキノさんは就職をすることにしました。
ハッキリ言って不安しかありません。
「またいじめられたら、どうしょう」
思いきって、上司に打ち明けました。
すると「誰かをいじめて喜ぶような最低なやつは会社に入れない。安心しなさい」と。
その言葉にアキノさんは安堵しました。
会社に入ってからいじめられた経験はありません。
仕事のことで叱られることはありますが、それはいじめではなく指導です。
そもそもいじめるヒマが無いのです。
お互いに自分のノルマをこなすのに一生懸命で、無駄口を叩いている時間はありません。
おしゃべりしていたら叱られてしまいます。
アキノさんは笑顔を取り戻していきました。
少しずつ声を出せるようになりました。
今でも人が大勢いる所に出かけるのは恐怖を感じてしまいます。
それでも精神科に通院して、服薬をしながら生活できるようになりました。
晴れの日は5分ほど散歩に出かけて、雨が降っている日は家で好きな曲を歌う。
イラストを描いたり、ゲームをしたり、ブログの執筆をしたりして過ごしています。
好きなことに熱中するようになってから、アキノさんの心は軽くなっていきました。
アキノさんは現在26歳です。
11歳のときからいじめが始まり、ここまで回復できるのに15年もの歳月を費やしました。
ですが、いじめられていた記憶が消えてなくなるわけではありません。
それでも、嫌な記憶は少しずつ薄れていきます。
水に溶かすように消えていくのです。
いじめられていたことを思い出すと、今でもアキノさんの胸は締めつけられます。
それでも乗り越えられる強さを身につけました。
『今、いじめられている人へ』
たくさん時間は必要かも知れないけど、どうか諦めないでください。
救われる日は必ずやって来ます。
その瞬間まで生きてほしい。
自分の好きなことを見つけて、それに熱中して、どうか人生を楽しんでください。
あなたに危害をくわえる人達の言いなりになんか、なる必要はありません。
自分の意見を言っても良いんですよ。